タグ別アーカイブ: 折り鶴

激熱!フラワーフェスティバル2024

こんにちはaiです。ゴールデンウイークいかがでしたか?
安芸ん堂は毎年恒例のフラワーフェスティバルに出展しました。
ひろしまフラワーフェスティバルは、ゴールデンウイークに開催される広島県で最大のお祭りです。今年はコロナ禍が明け3日間の開催となりました。来場者数は181万6000人で、過去最多となったようです。めずらしく3日間快晴で、かなり暑かったのですが、ここ最近のしょんぼりしたムードをぶっ壊す勢いの笑顔の来場者が印象的で、激熱なフラワーフェスティバルになりました。

配付したうちわにお得なキャンペーンが!

猛暑のフラワーフェスティバルで、安芸ん堂ではうちわを配布しました。
実は裏面にお得なキャンペーンがあるんです!


SNSのキャンペーンは、
5月11日土曜日23:59まで!
このブログからも申し込めます!いそげ!

カープチケットか段ボール一箱分のメモ帳が当たるXキャンペーン

Xでは、フォローと120cm×90cmのどでかい紙の使い道を引用リポストしたら、カープチケットか段ボール一箱分のメモ帳が当たるキャンペーンをやっています。
段ボール一箱分のメモ帳見てみたい方是非挑戦してみてくださいね。
安芸ん堂Xのキャンペーン投稿はこちら

エシカルな商品を体験できるInstagramキャンペーン

Instagramでは、安芸ん堂のフォローと、投稿へいいねと、欲しい賞品の番号をコメント欄に記入で、エシカルな安芸ん堂人気商品が当たるキャンペーンをやっています。
安芸ん堂Instagramキャンペーン投稿はこちら

大人気おりづるストラップ

安芸ん堂ブースは、例年通り、広島平和記念公園噴水前の花の塔付近。
ワークショップでは、恒例のおりづるストラップづくりが大人気でした。
好きなおりづるを選んで、好きなビーズと合わせてストラップに。小学生や、お土産にしたい方などに喜んでいただけました。

かわいいプリンセスもおりづるストラップを作ってくれました
気に入ってくれたみたいです!

安芸ん堂ブースに爆誕「がちゃくじ」

そしてそして、今年から安芸ん堂ブースに爆誕したのが、がちゃくじです!
賞品は、フラワーフェスティバルらしく花の種をはじめ、安芸ん堂消しゴムや、おりづるストラップ、メモ帳などなどで、一番人気はやはりカープペアチケットでした。
何度かがちゃくじをまわしてカープチケットをゲットした少年もいました。こっちまで嬉しくなるほど喜んでくれました。

本人より派手に喜ぶスタッフ(笑)

今後も安芸ん堂ガチャ色々展開して参りますよ!
次のガチャを乞うご期待!

いろんなサイズのメモ帳

安芸ん堂ブースでは、印刷のあまり紙を使用したSDGsなメモ帳を販売しました。メモ帳はいろいろなサイズを用意しました。
メモとしてはものすごく大きい120cm×80cmくらいのポスターサイズの紙も用意してみましたがこれも完売。おりがみサイズ(正方形)に切った同じ色の紙も完売。

今年はメモ帳を買っていく人に
「この紙で何をするんですか?」
とインタビューしました。
趣味で絵を描く。お仕事のメモ帳にする。小学生が計算用に使う。折り紙をする。などなど多くのご意見を聞くことができました。ありがとうございました。
今後はその声を活かしてパワーアップしたメモ帳を販売していきます。

暑い中、多くのご来場ありがとうございました。
そしてあたたかい声をかけてくださいまして、安芸ん堂スタッフ一同感謝しています。

広島フラワーフェスティバル2024に出展します!

こんにちはaiです。

安芸ん堂は今年もひろしまフラワーフェスティバル2024に出展します!
安芸ん堂のブースは例年と同じく、広島平和記念公園の花の塔近くです。
今年も赤い安芸ん堂スタッフTシャツが大活躍です。

安芸ん堂の今年のテーマは「この紙で何する?」

安芸ん堂は広島の印刷会社ニシキプリントが運営しています。
印刷会社から出る大量の紙の切れ端や、少しずつ余ってしまった紙たちを
メモ帳にして毎年安芸ん堂ブースで販売しています。
ありがたいことに毎年大変人気です。

大人気あまり紙を使ったメモ帳

で、それはいいんですけど、
一定数、変なサイズ(すごいでかいサイズ)のメモ帳が謎に売れます。
安芸ん堂会議の中で、これはさすがに売れないよね~と言っていたものが完売なのです。
作った上に販売までしておいてアレなのですが、
一体なぜこれが売れるのか?
何に使用するつもりなのか?
気になって気になって夜も8時間しか眠れません。

そこで安芸ん堂は今年
いろんなサイズのメモ帳や紙を販売するついでに
みなさんに質問してみようと思います。

「この紙で何するんですか?」

お得なキャンペーンも同時開催!SNSフォローしておこう

ゴールデンウイーク期間中、安芸ん堂shopからお得なキャンペーンのお知らせです。
2024年5月3日(金)00:00から安芸ん堂Xと安芸ん堂Instagramで開始します!
Xはカープペアチケットか段ボール一箱分のメモ帳が合計6名様に当たるキャンペーン。
Instagramは話題のエシカルグッズ(Tシャツ、トートバッグ、あぶらとりがみ)が合計5名様にあたるキャンペーンです。忘れないように安芸ん堂アカウントをフォローしておきましょう!

安芸ん堂Xで5月3日から5月11まで開催!
安芸ん堂Instagramで5月3日から5月11まで開催


安芸ん堂SNSアカウントをフォローしておこう!
安芸ん堂Xアカウント @akin_do 
安芸ん堂Instagramアカウント @akindo_hiroshima 

安芸ん堂ブースはうちわを配ります!

ゴールデンウイーク期間の5月3、4、5日に行われるフラワーフェスティバルは毎年暑いです。
熱中症に気を付けて一緒に楽しみましょう!

毎年大人気の、おりづるストラップや、千羽鶴再生紙ポストカードのワークショップもやりますので、見かけたら是非立ち寄ってみてくださいね!

おりづるストラップのワークショップ
千羽鶴再生紙ポストカードはその場でポストにイン

安芸ん堂のガチャ「がちゃくじ」

安芸ん堂販売ブースにai待望のがちゃがやってきます!
初登場の安芸ん堂がちゃくじは、カープ観戦ペアチケットや、あぶらとりがみ、メモ帳などが当たります。ハズレなしでとってもお得ながちゃくじとなっております!

開 催:2024年5月3日(金)、4日(土)、5日(日)
場 所:平和大通り、広島平和記念公園ほか
テーマ:待ってたよ 花いっぱいの あふれる笑顔

何度もいいますが安芸ん堂ブースは広島平和記念公園噴水前花の塔の近くです!

フラワーフェスティバル公式サイトは→こちら

広島フラワーフェスティバル2023花の塔

松田製袋の「HIROSHIMAポチ袋」でお正月を広島らしく彩ろう!

みなさん、こんにちは。ひまごんです。

12月も中旬になり、お正月の準備をする時期になりましたね。
ひまごんもそろそろ準備しないと…とは思うんですけど、年末の忙しさにかまけて結局ギリギリまで準備せず…年賀状も下旬に入ってから焦って準備…これを毎年繰り返す。もちろん今年も。

子どもたちのお正月の大きな楽しみの一つ、お年玉もお正月準備に欠かせないものです。
ひまごんも、かわいい姪っ子たちに毎年お年玉を準備しているんですが、店頭には色んな形・柄のポチ袋が並ぶので、どれにしようかいつも悩んでしまいます。

広島の魅力を詰め込んだ「HIROSHIMAポチ袋」

そこで、安芸ん堂から広島らしい「ポチ袋」のご提案!

ぽち袋

株式会社 松田製袋さんの「HIROSHIMA ポチ袋」で~す。

松田製袋さんは読んで字のごとく、封筒や袋を作るプロ集団。安芸ん堂の運営会社であるニシキプリントでもいつもお世話になっています。
そんな松田製袋さんでは、安芸ん堂と同様、おりづる再生紙を使って自社商品の開発・製造・販売もされているんですが、このポチ袋は発売したばかりの新商品。できたてホヤホヤなのです!(2017年12月販売開始)

柄は3種類。広島らしいものを…と、デザイナーさんに依頼して制作されたそうです。
ちゃ~んと意味も込められています。ちょっと商品説明を覗いてみましょう。

 ぽち袋(カープ) 広島城の別名は鯉城と呼ばれ、広島と「鯉」は多くの由縁があります。また「鯉」は立身出世・家内安全を司り、生命力が強く出世魚として知られており、とても縁起の良いモチーフです。
 ぽち袋(折紙) 広島に贈られるおりづるには、世界中の「PEACE」が込められています。おりづる一羽一羽に使用される折り紙を、様々な色やサイズで描き、世界中を巡る「PEACE」を表現しました。
 ぽち袋(お好み焼き) 広島を代表する食といえば「お好み焼き」。その熱々ソウルフードを口に運ぶ「ヘラ」を全面に描きました。旅の思い出や広島らしさをつなぐツールとしてインパクト大の一品です。

おぉ~。どれも広島らしくていいですね~。
「鯉(カープ)」「折紙」「お好み焼き」も広島にとっては切っても切れないものです。

もちろんこのぽち袋も、おりづる再生紙でできています。
おりづる再生紙ならではの風合いと、手書きの柄の風合いがマッチして、ほっこり可愛らしく仕上がっています。

サイズも大と小があるので、用途に合わせて使えそうです。
小さいサイズは子どもたちへのお年玉。昔ながらのアノ大きさでお年玉への期待感が膨らみます。
大きいサイズも様々な用途に使用できて便利。
お世話になったあの人へお手紙をしたためてみたり、大人になって両親へお年玉をあげるという人もいるでしょう。L判の写真も入るサイズなので、思い出の共有にも一役買ってくれそうです。
サイズ (大)ヨコ 95mm × タテ 185mm (小)ヨコ 60mm × タテ 100mm

まだぽち袋をゲットしていないアナタ!「HIROSHIMA ポチ袋」でお正月を彩ってみませんか?

ポチ袋をポチッと!
ご購入はコチラから↓
 HIROSHIMA ポチ袋【鯉】
 HIROSHIMA ポチ袋【折紙】
 HIROSHIMA ポチ袋【お好焼】

2017ひろしまフラワーフェスティバルに出展しました!

フラワーフェスティバル2017

2017年フラワーフェスティバル花の塔

皆さんお疲れ様です。安芸ん堂です。

ゴールデンウィークは終わってしまいましたね。長いようであっという間です。

さて、このゴールデンウィークの5/3〜5/5の3日間は、2017ひろしまフラワーフェスティバルが開催されました。今年は3日間で153万8千人の来場者数で、昨年よりなんと12万4千人も多かったそうです。昨年は初日が大雨でしたから、それだけ差があっても不思議ではありませんね。

今年も安芸ん堂は出展しましたのでご紹介したいと思います!

晴天スタートのフラワーフェスティバル

今年で安芸ん堂も3度目の出展なのですが、昨年、一昨年とも初日は雨でした。よりにもよって初日からですから準備が…。雨の日の準備はなかなか大変です。

ですが今年は初日から全て晴れ(初日だけ曇りのち晴れ)!準備もはかどりましたよ!

販売ブース

安芸ん堂販売ブース

開始は11時からでしたが、晴れていたこともあり、開始前からお客さんの数がすごかったです。

体験コーナー

フラワーフェスティバル2017安芸ん堂体験ブース

体験コーナーも準備万端。こちらも開店前から人が入りそうな勢いでした。うーむこんなスタートは初めてです。初日に雨が降らないって素晴らしい。

そして、花の塔に火が灯され2017ひろしまフラワーフェスティバルが開会しました!

フラワーフェスティバル2017開会 点火

体験コーナーの「おりづるストラップ」と
「おりづるポストカード」が大盛況!

今年の体験コーナーでは昨年大人気だったおりづるストラップとおりづるポストカードを行いましたよ!

安芸ん堂体験コーナー

おりづるストラップ

おりづるストラップ体験

安芸ん堂体験コーナー

安芸ん堂体験コーナーは今年も盛況です

おりづるストラップ

おりづるストラップ体験

おりづるストラップ体験

オリジナルおりづるストラップ

おりづるストラップは昨年もそうでしたが、お子さんに大人気でした。自分の好きな折り鶴と、ビーズを3つ選んで組み合わせます。

組み合わせは無限大!自分だけのおりづるストラップが完成するんですよ。

喜んでいる子供たちを見るとほっこりしました。

 

おりづるポストカード

おりづるポスト

おりづるポストカード

おりづるポストカード

おりづるポストカードは「千羽鶴再生紙」でできたハガキに絵や文字、宛名を書いてもらい、切手を貼って実際に送るサービスです。この5/3〜5/5の3日間は「フラワーフェスティバル限定消印」が広島中央郵便局で押してもらえるので、ここで書いてもらったハガキを安芸ん堂が代わりに中央郵便局へ持っていって消印を押してもらいます。

▼今年(2017年)の消印はこちら

フラワーフェスティバル2017限定消印

たくさん書いていただきありがとうございます!

おりづるポストカード おりづるポストカード

ヤルキストとコラボレーション!

ヤルキストと一緒に撮影

ヤルキストは、2014年に結成した牛乳のように肌が白い広島出身の「みるきー(写真右)」さんと、音楽活動を機に秋田から広島へ移住してきた「KARITON(写真中央)」さんによるリズミカルな日本語ラップミュージックユニットです。ちなみにお二人の間にいらっしゃるのはヤルキストのDJをされているタカハシPさんです。ヤルキストはデュオの二人組みなのですが、今回は3人で出演されていました。

ヤルキストライブ

初日はフラワーフェスティバルメインステージのカーネーションステージで熱い歌を聞かせてくれました!ライブ中に安芸ん堂の宣伝もしていただいて…感動です。ありがとうございます!

ちょっとだけですけどライブの様子はこちらにアップしてみました。

かっこいいですね。私も思わずCDを買ってしまいました。ライブの後は安芸ん堂の販売ブースに来てくれましたよ!貴重なお時間をありがとうございます!

ヤルキストが安芸ん堂ブースにやってきた!

ヤルキスト公式サイトはこちら!

 

広島のアイドルI Love U@あいりちゃん広島のアイドルI Love U@あいりちゃんがステージの合間に安芸ん堂ブースによってくれました。ありがとうございます。

ショップの売れ行きも上々!

安芸ん堂販売ブース

今回もたくさんのお客様にお買い上げいただきました!

おりづるアクセサリーや国旗メモ帳、あぶらとり紙が安芸ん堂の主力商品ですが、今回は以下のようなものも販売してみました。ブロックメモやはぎれ布などですが、こちらもなかなか人気でした。ブロックメモが意外と売れるんですよ。

ブロックメモ帳、デニム生地の端切れなど

キャンペーン期間中にSNSへアップ!

今回は安芸ん堂に関連する素敵な写真を募集していました。フラワーフェスティバルの期間中にもこのような小道具を用意して写真撮影していただきましたよ。

SNSキャンペーンについてはこちら

終わりに

今回のフラワーフェスティバルもたくさんの方にご来場いただき、数え切れないほどの笑顔が見ることができました。ご来場頂いた皆様、本当にありがとうございました。

フラワーフェスティバルは晴天だったこともあり、いろんな意味で熱いイベントになったのではないでしょうか。これだけたくさんの人が集まってこのような時間を共有できる場というのは本当にすごいことだと改めて感じた3日間でした。また来年も出展できるように頑張っていきたいと思います。

8月6日(平和記念式典)の黙祷は折り鶴アクセサリーに平和の想いを込めて

こんにちはaiです。
8月6日広島の平和記念公園式典に行ってきました。
今回はその様子を報告します。

8月6日広島の朝

aiは朝6時の山陽本線に乗りました。
土曜日で会社や学校はお休みが多いと思うのですが、この日の朝は結構な混み具合です。

広島駅からは広島電鉄で原爆ドーム前まで。
満員です。

原爆ドーム前では、様々な団体がチラシを配ったり、
拡声器で核反対などを大音量で訴えています。
辺りは、警官が取り囲み騒然としていました。
そんな中、静かに祈る僧侶がいたり、それを写真に撮る報道陣がいました。

aiは、その横を通り抜け、いろんな団体のチラシをもらいながら、献花台へと向かいます。

      
献花台まではものすごい行列です。

朝とはいえ真夏の外での式典です。子どももお年寄りも含めたくさんの参列者がいる会場では、冷たいおしぼりが用意されていました。大変ありがたかったです。式典への参列は熱中症対策を必ずしていきましょう。水分補給をこまめにできる準備は必須です。

このおしぼりは広島市青年連合会のボランティアによるもので、その他にも、車いすの方への介助支援、献花用の切り花を一般参列者に配布してくれる団体の方々など、多くのボランティアに支えられて、式典が開催できるんだな~と感じました。

 

黙祷

aiは人混みに圧倒されながらも、無事献花を終え、お参りすることができました。(献花は7:20ころから一時中止になりますので式典前に献花を済ませたい方は早起きしましょう)
8:00から平和記念式典が始まりました。
平和公園の木陰で公園内に設置されたモニターで式典を見ることがきました。


式典が始まるまで、人がどんどん増えていきます。


会場内にあるモニターで式典を見ました。

8:15になると1分間の黙祷です。
この瞬間、式典に集まった大勢の空気が一気に静まり返ります。
平和公園内に集まったのは、広島の人だけではありません。外国人や、県外からこの式典の為に訪れた人たちです。黙祷の瞬間、そのひしめき合っている人の存在感が1分間消えるのです。
静寂の中、aiは原爆が落ちたその瞬間から71年経った現在までを走馬灯のように思い巡らしていました。

その後、広島市長による「平和宣言」、市内の子どもによる「平和への誓い」が続き、内閣総理大臣のあいさつへと式は進みました。

 

折り鶴アクセサリーに祈りを込めて

今回aiは友人とその子どもたちと参列しました。
みんな折り鶴アクセサリーを着けて来てくれましたよ~うれしいです。
皆ファッションは違いますが、それぞれ似合っています。

  
さりげなく耳元で揺れる折り鶴のアクセサリーはおしゃれです。

アーティストの高田泉さんと安芸ん堂が一緒に考えたおりづるピアス!
高田さんから、ものすごく大きい折り鶴のピアスがいいな~という要望を受け、
「よっしゃ作ってみる!」とひまごんが制作しました。
パーツは他にもつけかえ可能!いろいろなシーンに対応できそうです。
こんな大きなアクセサリーを付ける人は限られるのかもしれませんが・・・


圧倒的な存在感です。そしてやっぱり高田さんによく似合っています。

高田泉さんは以前安芸ん堂のブログでも登場しました。
詳しくは→『広島酒部 in 西条酒蔵芸術祭2016』

高田さんのついでにひまごんが作ってくれた、折り鶴のかんざしを
aiは頭につけていました。


aiの頭には折り鶴のかんざし

そしてかんざしはつけたまま家まで帰りました。
(単純にとるのを忘れてただけなんですケド)
どうりで帰りの電車でaiをチラチラ見てくる人が多いはずでした。

 

この安芸ん堂の折り鶴アクセサリーは、「平和でいられることを楽しむ」アイテムです。
「平和」を日常のファッションに取り入れ、楽しんでください。

安芸ん堂の折り鶴アクセサリーを是非、オシャレに着けて、日々を彩って欲しいと願います。
ファッションを楽しめるような幸せな人が世界中に拡散したら・・・
人類は同じ過ちを繰り返すことはないとaiは本気で思っています!

安芸ん堂の折り鶴アクセサリー→こちら


式典の日の平和公園

【参考リンク】

広島市長の松井一實氏による平和宣言→こちら

こども代表による平和への誓い→こちら

平成28年広島平和記念式典の様子(YouTube動画)

平成28年広島平和記念式典式次第→PDF

広島平和記念資料館で考えた~その2~オバマ大統領と禎子さんの折り鶴

こんにちはaiです。

前回に引き続き、平和についてのお話しです。
~その2~オバマ大統領と禎子さんの折り鶴についてお送りします。

前回ブログはこちら
『広島平和記念資料館で考えた~その1~8月6日を知る』

 

オバマ大統領の広島訪問

今年の5月27日アメリカの現職大統領として初めて、バラク・オバマ大統領は、核保有国の立場でありながら、核による最初の被爆地である広島を訪れました。第二次世界大戦で亡くなった全ての方を追悼するために広島を訪れたと語りました。戦後71年目にして初めて、アメリカの大統領が被爆者と会いました。謝罪はありませんでしたが、オバマ大統領と被爆者の方が抱き合う姿は印象的でした。

オバマ大統領は10分程平和資料館を視察し、佐々木禎子さんに強い関心を持ち、自ら折った折り鶴を小中学生に手渡しました。
その後広島平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に献花しました。
そして被爆者と短い言葉を交わし、長い握手をしました。

オバマ大統領の演説

その後の演説は17分間にも渡るものでした。
スピーチされた内容のリンクです(翻訳によって少し違うので2つ貼ります)

広島平和記念公園におけるバラク・オバマ大統領の演説翻訳和文(米国大使館)

8月6日の記憶 消えてはならない オバマ氏の演説全文和文(日本経済新聞)

YouTube動画(字幕和訳付き)

 

広島で平和教育を受けて育ったaiにとっては、今年一番の出来事でした。
オバマ大統領の演説を何度も聞き、心震えました。
71年前の8月6日の朝に焦点を当て、この惨劇を絶対に繰り返してはならない。世界中にある普通の幸せを守ろう。広島と長崎を今ある平和について考えるきっかけにしよう。と言ってくれた気がします。

最後の部分がとても良かったので抜粋します。

“The world was forever changed here, but today the children of this city will go through their day in peace.What a precious thing that is. It is worth protecting and then extending to every child.That is a future we can choose, a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare, but as the start of our own moral awakening.”

この地で世界は永遠に変わりました。しかし、今日この町に住む子どもたちは平和な中で一日を過ごします。なんと素晴らしいことでしょう。これは守る価値があることであり、全ての子どもに与える価値があることです。こうした未来を私たちは選ぶことができます。
そしてその未来において、広島と長崎は、核戦争の夜明けではなく、私たち自身が倫理的に目覚めることの始まりとして知られるようになるでしょう。(米大使館翻訳より抜粋)

オバマ大統領の演説の素晴らしさ

少し話がそれてしまいますが、オバマ大統領はもともと演説の巧さで政治の世界へのし上ったとも言われています。美しい発音。空気感の作り方。目線。表情。どれをとっても一流ですよね。聞き惚れてしまいます。
今回の広島訪問を受け、草案を書いたとされるのは、側近である、ベン・ローズ(大統領副補佐官)氏。
今回の演説原稿の一部をブログにアップしています。オバマ大統領みずから何度も推敲を重ねて、細かい言い回しまで気を使っていた様子がわかります。
広島でのスピーチが絶賛された背景には影ながら支えた人や努力もあるのですね。

オバマ氏自ら修正 広島演説の原稿公開 (2016.6.2 日本経済新聞)

オバマ大統領からサプライズのプレゼント

オバマ大統領は資料館の見学中「実は折り鶴を持ってきました」「少し手伝ってもらったけれど、私が作りました」。と告げ、4羽あるうちの2羽を出迎えた小中学生に手渡しました。
その時に白血病で原爆から10年経って亡くなった佐々木禎子さんの話しに強い関心を示し、特別にアクリルケースを外してもらって顔を近づけて見入ったそうです。
芳名録に、メッセージを記すと、その上にも折り鶴2羽を置きました。
そのメッセージがこちら

私たちは戦争の苦しみを経験しました。
共に、平和を広め核兵器のない世界を追求する勇気を持ちましょう


オバマ大統領が小中学生に手渡した折り鶴

 


オバマ大統領が平和へのメッセージと共に置いた折り鶴

なんと粋なサプライズでしょうか!
言葉だけでは表現できない「想い」を折り鶴に込めたのです。

さて、ネット上では、「オバマ大統領が本当に折ったのか?」「ものすごく綺麗に折られている」「日本人の私より上手」とオバマ大統領の気遣いを喜ぶ声があがりました。aiも本当にあんなに綺麗に折れるものなのかちょっぴり半信半疑でした。

安芸ん堂も繊細でとても小さな折り鶴を商品にしています。
「おりづるいやりんぐ」「おりづるぴあす」です。

そこで3cm角の折り鶴を綺麗に折ることができる制作担当者にオバマ大統領の折り鶴は本当に自分で折ったと思うか?と聞いてみました。
「あの折り鶴は、カットされていない普通サイズの折り紙(15㎝角)だと思うので、小さなサイズの折り紙で折ることと比べたら比較的簡単だと思います。折り鶴は小さくなればなるほど難易度があがります。あの折り鶴はオバマ大統領が折ったのだと思います。きっと一生懸命練習されたんだと思いますよ。」
と返事が返ってきました。
  

オバマ大統領が資料館を見た10分

aiとひまごんが今回資料館を見学した時間は約2時間でした。岡本さんの丁寧な説明を受けながら、遺品が語るエピソードを教えていただきながらまわりました。
とても10分で見てまわれるものではないという意見が多いですしaiもそう感じました。

しかし、資料館見学は元々予定に無かったのだそうです。
それを本人の希望で無理やりねじ込んだと言われています。
それに応えるために資料館側は今回、数十点の資料を厳選し、1階ロビーに集めて「可能な限り原爆の悲惨さが伝わるよう工夫した特設会場を作った」のだそうです。

オバマ米大統領「禎子の折り鶴」に体かがめ 原爆資料館(2016.6.4 毎日新聞)

※オバマ大統領の折り鶴の展示は今年の8月31日までとなっています。

佐々木禎子さんを知っていますか?

オバマ大統領が感銘を受けたという、
佐々木禎子さんについて少しお話しします。

禎子さんは、2歳の時、爆心地から1.6kmにある自宅内で被爆しました。
木造2階建ての家は壁も柱も壊れて、爆風で吹き飛ばされたにも関わらず、禎子さん自身は無傷の状態だったといいます。その後元気に育ち、リレーの選手にも抜擢され、「サル」というニックネームをつけられるほど活発な子どもでした。
しかし、12歳の若さで急性白血病と診断されました。(白血病の中でも進行が急激で発病後1年ともたない人が多い)8ヵ月の闘病生活の後、亡くなりました。

家族は12歳の子どもに、白血病という病名を最後まで言うことができずにいましたが、彼女の死後、ベッドを片付けていたら、白血球の数値が書き込まれたメモが出てきたそうです。
禎子さんは自分のカルテをこっそり見てはメモを取って、病気の進行を気にしていたのでしょうか。
しかし、それを表に出さず明るく振舞っていたそうです。

禎子さんが折り鶴を折るようになったきっかけ

禎子さんは広島赤十字病院に入院していました。

名古屋の女子高生から、原爆症患者へ、お見舞いといっしょに、きれいなセロファンで折られた千羽鶴が送られてきました。
その中の1房を受け取った禎子さんはきれいな折り鶴に感激し、仲よしのルームメイトと千羽鶴を折ることにしたのです。

それから試行錯誤を重ね、5センチ四方の紙が一番折りやすく手が疲れにくいことがわかりました。そこで紙をつくるため、病室をまわっては、お菓子の包み紙(キャラメル、キャンディーなど)お見舞いの包装紙、薬の薬包紙を集めました。
仲良しのルームメイトと2人、千羽折ったら、病気が治ると信じで黙々と折りました。
自分の病状を知っていて折っていたのだとしたら…と思うととても切ないです。

現在平和記念資料館で展示されている折り鶴には、若干12歳の女の子が、「生きたい」と強く願った祈りが込められているのですね。

原爆の子の像建設は禎子さんの級友がきっかけだった

禎子さんは、クラスの人気者でした。まだ禎子さんの病状が重くなる前に、級友たちは入れ替わり立ち代わり禎子さんのお見舞いに行きました。病室は賑やかだったそうです。その時の仲間たちが禎子さんが他界した後、原爆の子の像建設のきっかけをつくりました。
全国の中学校の校長会議が広島で開催された時に、2千枚のビラ(級友たちが自分たちで文章を書き刷った)を集まった校長に自ら配り、呼びかけました。

「原爆の子の像を作りましょう」という題名で禎子さんが原子病で亡くなったこと、原爆のことを言って死んでいかれた心が悲しくてならない。なんの罪もなく原爆によりなくなったすべての子どもの霊をまつってあげたいのだという内容でした。まだ12歳の子どもらが書いた稚拙な文章でしたが、それゆえに人々の心を動かしたのかもしれません。
その後全国の学校から、寄付金が届くようになりました。やがて大きな運動になり、像建設へと発展しました。

この話が詳しく書かれた本があります。
(この本は、ピースボランティアの岡本さんが紹介してくださいました。)

「折り鶴の子どもたち」那須正幹

那須正幹さんは、あの有名な「ズッコケ3人組シリーズ」の作者なんです。
aiが小学生の頃、図書室にはこのシリーズがありましたが、殆ど貸し出し中になってしまう程人気の本でした。この「折り鶴の子どもたち」は、佐々木禎子さんに焦点を当て、物語が進んでいきます。登場人物の級友や、校長先生、平和活動に熱心な青年は実在の人物です。悲劇ではありますが、登場人物一人ひとりが生き生きと描かれ、当時の子どもたちが感じていた原爆や戦争に対する怒りや哀しみと共に、懸命に生きている様子が伝わってきます。

原爆の被害や、当時広島にあった、ABCCという原爆の後障害を調査する機関の話も出てきます。やさしく美しい文章で禎子さんのこと、当時の広島のこと、級友たちの気持ちの揺れ動きなど、かなり詳細に書かれています。相当な取材をされたのだということが分かります。

禎子さんだけにクローズアップしていますが、これまで元気だった人が急に原爆症になり死亡する例は他にもありました。戦後71年経った今でも、被爆者はその恐怖と闘いながら生きておられるということを、改めて思い至りました。

原爆の子の像に集まる千羽鶴のその後

現在この「原爆の子の像」には世界中から平和を願って折られた千羽鶴が毎日集まります。その数は年間約1千万羽、重さにして約10トンにものぼるそうです。

 
左:「原爆の子の像」全体 右:像の上部(禎子さんがモデルと言われている)

さてこの折り鶴、展示された後の処分をご存知ですか?
広島市では折り鶴の最終的な行き場が問題になっていました。

これをエコロジ―に解決する方法として、多くの団体が、この折り鶴を再生紙にする取組みを始めています。安芸ん堂も、NPOを通じこの千羽鶴再生紙を使い商品作りをしています。
現在販売している安芸ん堂の「おりづるアクセサリー」
商品パッケージ(アクセサリーの台)に使用しています。


おりがみの破片が混ざっているのが見えます

「かわいい」アクセサリを付けて楽しめる幸せ、今では当たり前となった小さな幸せですが、71年前の若い女の子たちは、それどころではなかったのです。

おしゃれを楽しみ平和を願うアイテムとして、このおりづるアクセサリーが、日本中、世界中に羽ばたいて行くといいなと思うaiです。

平和の祈りを込めて広島から折り鶴のかわいいアクセサリーをみなさまの元へ届けます。
安芸ん堂のおりづるアクセサリー

最後に、今回平和記念資料館を案内してくださった、ピースボランティアの岡本忠さん。このブログを書くにあたり、大変な協力をしてくださいました。本当にありがとうございました。感謝しております。

 

広島平和記念公園HP→こちら

広島市HP→折り鶴と「原爆の子の像」について

広島平和記念資料館で考えた~その1~8月6日を知る

こんにちはaiです。
梅雨明け7月下旬のこの季節、広島では、
「もうすぐ原爆の日じゃねぇ…今日も暑くなるけぇ気をつけんさいよ~」
などという挨拶を聞くことがあります。
わたしたち広島人にとっては、8月6日は特別な日で、年に1度の平和記念式典も生活の中で当たり前のものとなっています。

aiとひまごんは、そんな8月6日を迎えるにあたり、オバマ大統領の折り鶴もあることだし、安芸ん堂の商品作りの為、今一度平和資料館を見てみないか?ということで広島平和記念資料館へ出かけました。

aiは資料館へは小学生の時に何度か訪れ、成人してからは他県の友人を連れて1度だけしか行っていません。ひまごんも大人になってからなかなか行く機会がなかったと言っていました。

今回は、71年前の8月6日に広島で何が起こったのか、平和記念資料館を訪れ感じたことや教えていただいたことを中心に紹介していきます。

8月6日は登校日だった

aiが子どもの頃、広島の小中学校では、原爆が投下された8月6日は、夏休みの登校日に指定されていました。その日は早く登校して、原爆投下の時刻、8時15分に黙祷をします。その後、戦争に関する映画を観たりして平和学習の全校集会がありました。
これが全国的なものだと思い込んでいたai。
まさか8月6日の8時15分に黙祷をしていない人が日本に存在するとは思ってもみませんでした。
aiと同じようなカルチャーショックを受けた広島出身者は結構多いのではないでしょうか。

大人になって、平和学習という特別な集会が無くなっても、
やっぱりこの8月6日は特別な日です。
戦争を知らず、原爆に遭ったわけでもない私が言うのはおこがましいのかもしれません。でも、そんな平和しか知らない世代が、この日あったことについて考える日として大切にしていきたいと思います。

最近の小中学校では、私たちの時と違い、8月6日前後で登校日があり、平和学習をしているそうです。
今3歳のaiの子どもも小学生になると平和学習が始まります。aiからも自分の言葉で「平和」を伝えたいと思っています。

 

平和公園のスペシャリスト「ピースボランティア」

今回ピースボランティアの岡本忠さんが(平和資料館のガイドをしながら一緒に回ってくれる人)プライベートでわたしたちのガイドをしてくださいました。

なぜわたしたちにプライベートで付き合ってくださるかと言うと、今年のフラワーフェスティバルの時に、中国新聞に掲載された安芸ん堂の記事を見てブースに来場してくださったという、運命的な出会いがあり、安芸ん堂が千羽鶴再生紙を使用していることに興味を持ってくださっていたから。それと、aiが個人的に原爆のことを自分の子どもに伝えるための勉強をしたいと訴えたからなんです。

岡本忠さん(ピースボランティア代表幹事)
ピースボランティアの火曜日グループに所属されています。
岡本さん自身1歳の時に被爆されて奇跡的に助かった一人です。
前職を退職後、2008年からピースボランティアをされています。
「ここに来て人生が変わった。人に恵まれた」とおっしゃったのが印象的です。

岡本忠さんの新聞記事※→こちら
※ヒロシマ平和メディアセンターは原爆や平和に関する情報を発信する中国新聞のサイトです。

ピースボランティアとは?
現在約200人の登録があります。資料館内ガイドか、平和公園のガイドかを選ぶことができ(両方も可)、希望の曜日に予約できます。案内は無料です。
ピースボランティアとは?詳しくは→こちら
 

広島平和記念資料館について

博物館や美術館は写真撮影禁止で、メモも禁止の所もあります。でも平和記念資料館はメモを取っても写真をフラッシュなしで撮ってもいいんです。子どもに学びに来てもらいたい為だそうです。
入場料は長い間大人50円でしたが、現在ではこのようになっています。

<資料館の観覧料>

区分 個人 団体
大人 200円 160円(30人以上)
高校生 100円 無料(20人以上)
中学生以下 無料

○土曜日は高校生無料(ただし、祝日、春、夏、冬休み期間を除く)
○学校教育活動で見学する高校生は20人未満でも無料
○原爆障害者章、身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳、戦傷病者手帳の提示で無料
○65歳以上の者であることを確認できる公的証明書を提示した場合は、100円で入館

<開館時間>入館は閉館時刻の30分前まで

3月~7月 8:30~18:00
8月 (8月5日、6日は20:00閉館) 8:30~19:00
9月~11月 8:30~18:00
12月~2月 8:30~17:00

<休館日>
12月30日及び31日

 

資料館の展示

さっそく資料館に入ります。現在は東館のリニューアル工事の為、本館しか見ることができませんが、すごい人出です。特に外国人の団体の方が多いです。オバマ大統領効果はすごいな~と思いつつ、(自分もその一人なんですが)来館者が増えたのは大変喜ばしいことです。

入口でチケットを購入したら、観覧券と、千羽鶴再生紙で作られたポストカードを受け取ります。
このポストカードは私たち安芸ん堂も参加しているNPOの千羽鶴再生紙です。おりづるイヤリングの台紙にも使用している紙です。資料館のリーフレットはPDFでもダウンロード可能です。
全部で9言語→ダウンロードページ
(日本語、中国語、英語、フランス語、ドイツ語、ハングル、イタリア語、ポルトガル語、ロシア語、スペイン語)

1945(昭和20)年8月6日午前8時15分

人類史上はじめての原子爆弾が広島市に投下されました。地上600mの地点で爆発しました。ものすごい光と温度でした。半径2㎞の建物(ほぼ木造)は爆風や熱線で焼き尽くされました。
赤い球は、爆発した高さ、爆発した時にできた火の玉の大きさ(直径280m)を再現したものです。
※爆心地は赤い球の下の地上に立つ細い棒の場所です。

爆発の2~3分後には大きなきのこ雲が発生し、遠く離れた場所からも見えたそうです。きのこ雲は上空1.6㎞までのぼる巨大なものでした。


爆心地から半径2km

建物疎開作業の当番になった人(主に中学生、女学生、婦人など)が多く外に出ていました。多くの若い命が一瞬にして無くなってしまいました。さらにこの時刻は、食事のために火を起こしている家庭が多かったため、爆発後に出火が相次ぎました。火が完全に消えるまでに3日かかったそうです。

8月6日の朝8時15分ごろは満潮でした。原爆投下で火傷を負った多くの人が水を求めて川に集まりました。迫り来る火災から逃れるために川へ飛び込む人もたくさんいました。衰えない火の勢いに、川から上がることもできず力尽き、そのまま流されてしまう人も多かったそうです。川から海へ流された遺体は、翌日、次の満潮とともに川へ戻って来たそうです。その光景は地獄のようだったに違いありません。


模型皮膚が焼け逃げ惑う人々

実際のサイズの模型も展示されています。原子爆弾は、ウラン原子が核分裂するときに発生するエネルギーを兵器として利用したものです。たった3mほどの爆弾1つだけで広島の街を壊滅させました。
上空で爆発させた理由は、その爆発による効果をより広げるためだったそうです。

これまで大きな空襲もなかった広島に原爆が落とされたのはなぜでしょうか?
アメリカ軍は原爆の効果を測定できる市街地を探し17の候補地を挙げ、最終候補地を(広島、小倉、新潟、長崎)としました。その地域には後に原爆を落とすために、あえて空襲を禁止していたのです。


実際のサイズの原子爆弾(レプリカ)

原爆当日の写真

原爆当日の広島市内の様子を写した写真は、なんとこの世に5枚しかないのだそうです。この5枚の写真は全て1人の人によって撮影されました。

その中の貴重な1枚の写真について・・・
爆心地から約2㎞の地点にある御幸橋へ避難してきた人たちを、中国新聞の記者が撮影しました。自らも被爆しながら、この光景を茫然と見たそうです。あまりの出来事にシャッターをなかなかきることができませんでした。

プロの記者がなぜ人びとの後ろ姿しか撮れなかったのでしょうか?皆顔にひどい火傷を負っていて、とても写せる状況ではなかったからなんです。その1枚の写真からは撮影者の絶望を感じます。

 

被害の大きさ

当時広島市内には約35万人いました。原爆によって14万人(±1万人)亡くなりました。(8月6日~その年の12月31日まで)爆発当日に火傷などで亡くなった方以外にも、放射線を大量に浴びたことでその後原爆症になる人も後をたちませんでした。


三輪車と鉄かぶと(鉄谷信男氏寄贈)

当時3歳の男の子が庭で三輪車に乗って遊んでいる時に被爆しました。火傷が酷く、その日のうちに亡くなりました。一緒に遊んでいた女の子も亡くなり、父親は一人でお墓に埋めるのをかわいそうに思い、2人の手を繋いだ状態で自宅の裏庭に埋めました。その時後でお墓に移す時の目安になればと、男の子に鉄かぶとをかぶせ、大好きだった三輪車も一緒に自宅の裏庭に埋めました。それから40年経ち、遺骨をお墓に移そうと掘り起こした時、鉄かぶとのおかげで男の子の遺骨が判別でき、手も繫がっていたことがわかったそうです。

aiには3歳の子どもがいます。この話を聞いて、もしこれが自分の子どもだったらと想像して、辛くてたまりませんでした。


中学生の同級生の学生服
(左側は谷口順之助氏寄贈、右側は西本まさえ氏寄贈)

やっとのことで2人で川へ逃げて、防空壕にたどり着きましたが、顔の見分けがつかない程の大やけどを負ったため、探しにきた父親と兄は声と服とベルトで判断したそうです。一人は東京の子どもで、広島が安全と思って転校してきた矢先の出来事だったそうです。


変形した鉄骨

最上階の天井の鉄骨は、強烈な爆風の垂直圧を受けて切断され、大きく曲がってしまいました。

 

 

 

 

溶けて固まった瓦
ぶつぶつの泡状になったところが溶けて固まった所で、それ以外は重なっていたところです。

 

 

 

 

ガラスが刺さった壁 
強烈な爆風により飛んできたガラス。固い建物の壁に突き刺さるということは、外にいた人は想像を絶する被害を受けた証拠。

 

 

黒い雨
爆発の後、2~30分後、ススや放射能を含む黒い雨が降りました。
大やけどを負い水を求めていた人々の中には、そのとても危険な雨を飲んでしまった人もいます。

 

 

 

 

 

 

 

放射線の影響

放射線を浴びると、細胞の中にある染色体が切断されます。染色体は切断されても再びくっつく働きがありますが、放射線を大量に浴びると一度にたくさんの染色体が切断されて、違う染色体同士がくっつき、異常な細胞ができ、原爆症の原因となります。

<放射線の影響で出る症状>
・腸の粘膜からの出血(下血)
・髪の毛が抜け落ちる
・癌が一度に違う場所に2つできる
・白血病(血液の癌)になる

同じ場所で被爆した兄弟でも、その後生き残った者と死亡した例もあるそうです。
さらに戦後71年たった今でも、放射線の影響はわかっていないことが多いそうです。
被爆者の方たちは今もまだ不安を抱えたまま生きておられるのです。

サダコさんの折り鶴
(佐々木繁夫氏、雅弘氏寄贈)

2歳で被爆し、その後白血病によって12歳で死亡した佐々木禎子さんのエピソードは、日本だけでなく、海外でも語り継がれています。今回オバマ大統領が来館した際も、この禎子さんに感銘を受けて折り鶴を折ったという報道があります。禎子さんについては、その2で詳しく掘り下げようと思います。

禎子さんの著書は海外でも人気だそうです。
海外向けに翻訳されたものも数多くあります。

当時折り紙は高価だったため、折り鶴は薬の包み紙で折られました。かなり小さいものです。

 

「廃墟の光」――ロベルト・ユンク(オーストラリア)作
「サダコは生きる」――カール・ブルックナー(オーストリア)作
「サダコ」――エレノア・コア(アメリカ)作

 

 

復興のシンボル

 
人々を勇気づけたカンナの花
広島は75年間は草木も生えないといわれていました。その年の秋、未だ復興できない街の中で、カンナが咲きました。この花は人々に勇気と希望を与えました。

その後広島は、平和都市として復興し、現在の美しい街に戻りました。

 

原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)

展示が終わり展示室から出ると、原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)が見えます。
その碑に書いてある言葉はその場所から肉眼で見ることはできませんが
小学校の頃から幾度となく言ってきたフレーズなので知っています。

“安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから”

この言葉を思いだし、やっと現実に戻ることができたaiでした。

原爆死没者慰霊碑の設計は、丹下健三氏(当時東京大学助教授)のグループが担当しました。
原爆で犠牲になった人たちの霊を雨露から守るために屋根の部分ははにわの家形になっています。(最初のデザイン案はアーチがもっと大きかったそうです)。
中央の石室(石棺)には、原爆によって亡くなったすべての犠牲者(国内外を問わず)氏名を記帳した名簿が納められています。

展示室から出た2階の窓から見るとよくわかるのですが、
平和公園は、この原爆死没者慰霊碑を中心に、左右対称に設計されています。

慰霊碑につながる1本の通路には、ゆるやかな傾斜があり、ある地点に行くと、
原爆ドーム、平和の灯、碑文がアーチの中に全て収まるポイントがあります。
このように原爆死没者慰霊碑は、計算されて作られた美しくも厳かな碑となっています。

この平和記念公園には記念碑が、なんと50か所以上もあるのです。
全てを巡るのには1日がかりでしょう。
ですが一度は全てを巡ってお参りしたいと思いました。

最後にオバマ大統領が訪問した時の様子や、オバマ大統領がプレゼントした折り鶴が展示されていました。
この話は、~その2~オバマ大統領折り鶴と、佐々木禎子さんについて
でお送りします。